『身土不二』と『地産地消』ってどう違うの?

『身土不二』と『『地産地消』同じような感じを受けますが、意味合いは少し違うし『食育』にも流派があって概念も少しづつ違うのですけど・・・・


ここでは ゆるく わかりやすくしてみますね。



■ 『身土不二』の起源

この言葉は食育の場面で、元々は仏教用語であったと説明されたりしますが、食事に関連する言葉として用いられるようになったのは、明治時代の石塚左玄による食養運動にその起源があるようです。

歴史的には石塚左玄の弟子である西端学が師の提唱する理論や思想を基に『身土不二』の原則」としてまとめ、用いたものとされています。

簡単に言うと、人間は先祖代々暮らしてきた土地とはきっても切れない関係にあり、生まれ育った土地に実った食物を食べる事で健康を保つことが出来るという考え方です。


『身土不二』の考え方ではその土地で採れた食べ物は人間にとって必要なものを全て備えているとします。

たべものには無駄な部分などあろう筈がありません。なので、米は精白しない、野菜は剥くな、皮まで食べよう。煮る場合もアクはすくわないで無駄なく食べようと教えます。

と、『一物全体食論』に発展していきます。


■ じゃ どこまで? ミクロ と マクロ

ミクロで言ううなら 北海道で生まれた人は北海道のものを 九州で生まれた人は九州のものを食しなさいって事です。


これをマクロで言うなら、日本で生まれた人は日本のものを アメリカで生まれた人はアメリカのものを って事です。


ゆるく理解するなら、基本の考え方は時代に左右されることなく 変化しない理論として

『生まれたその土地の物を 無駄なく丸ごと食べなさい』

と、なりますね。



では 『地産地消』は?



■ 『地産地消』

もっとも早い「『地産地消』」の語句の使用例は、1981年に秋田県河辺町(現秋田市)の農業改良普及員と生活改良普及員が地元関係者らと行った活動のようです。

彼らの『地産地消』とは、外部から買っていた洋野菜を地元で作ることで経済的不利益を解消し、かつ脳卒中の多い地域であったことから減塩や乳製品の消費増を通じて健康状態を改善しようとする活動でした。


当時、農村では伝統的な米とみそ汁と漬物の食事パターンをしていたため、塩分の取り過ぎによる高血圧などの症状が多く見られた。戦後、日本人の死亡原因第1位の感染症(結核など)が克服され、当時の死亡原因第1位となった脳卒中を減らすためには、原因の1つとみられる高血圧の改善が必要となったとされています。


(注意すべき点は、終戦後の『塩』はNaclなどにとって代われていますし、洋食文化の増加など 食生活そのものの変化については記載はありません。)


今までその土地で食べてきたような伝統食の栄養学的な欠点の改善を、それまであまり栽培されてこなかった農産物をとり入れることで、地元の生産物だけでも十分な栄養バランスが確保できることを目標にした取り組みだったのです。


ですから、地域のものだけを食べることを推奨するわけではなく、旬には地域のものを食べ、それ以外の時期は他地域で栽培されるものを勧めるというものです。


また、伝統的な作物だけでなく、付加価値の高い新しい野菜、果物の生産も推奨されるものです。また、物流システムも進歩しているので 新鮮の幅 も広がっているので・・・


ゆるく理解すると、時代の進歩によって変化しながらも 地元の物を『旬』に頂きながら、不足しがちな栄養価の高いものも 出来るだけ新鮮に頂きましょう。と言う 農作物に関する地元主導の活動って事ですね。


■ まとめ

ですから、この二つの言葉の『身土不二』と『地産地消』は、ルーツも意味合いも違うのですけど・・・


「地元の野菜を活用しましょう」とか、「旬の野菜を食卓に」と現実に向き合った時に現代社会では 一緒に説明される事が多いのでしょう。



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